個人投資家。株式投資 etc.

Kabusky BLOG

Opinion

他人を誹謗中傷しても虚しいだけで、自分の人生は決して好転しないという話

2020年7月15日

スポンサーリンク



以前、某番組の出演者がネット上での誹謗中傷を苦にして自殺したニュースを目にした。誹謗中傷が直接的な原因なのか、それとも元々メンタルに原因があり、誹謗中傷が引き金となったのかは分からない。ただ、当時の記事を読むと、ネット上での誹謗中傷が彼女の死へと大きく関与していたことは明らかだと思う。

 

このニュースをきっかけに、ネット上での誹謗中傷問題について様々な意見が飛び交った。多数派の意見は、「匿名で誹謗中傷する奴は卑怯者!すぐに開示請求できるようにルール変更すべきだ」というものだった。僕も心情的にはこちらの立場だ。ネット上での誹謗中傷は年々激しくなっているように思う。

 

例えば、ツイッターでは、有名人に対して無礼な物言いで絡むアカウントをよく見かける。彼らは明らかに対象者を傷つける意図を持って攻撃的な言葉を投げかける。彼らの共通点としては、匿名であり、思想的にも偏っている場合が多い。日常に深い闇を抱え、それを発散するはけ口としてツイッターを利用しているのだろうか。そういう場合もあるかもしれないが、僕は彼らに対しては「この人たちは他にやることがなくて、本当に暇人だな」とかなり冷ややかな目で見ている。

 

確実に言えるのは、ツイッターで誹謗中傷を繰り返しても人生が好転することはないということだ。一時的に溜飲が下がることはあっても、その後に残るのは虚しさだけ。中には、他人が不幸になることが自分の幸せに繋がると思っている病的な人間もいるが、普通の精神の持ち主であれば、そういう発想にはならない。仮に一時的にそうなっても、本当の意味で自分の幸福度を高めることにはならないだろう。

 

誰しも他人の言動に対して批判的なことを言ったり、少し過激な言葉で攻撃したくなる。僕も同じ。残念ながら、絶対的に相容れない考えを持つ人間はこの世にはいる。それも、一定数。彼らと平和的な距離感で互いに干渉しないことができれば良いが、現実はそうも行かない。特に自分に対して攻撃的な態度で接する場合は、ニコニコなんてしていられないだろう。

 

僕はそういう人間に出くわしたときは、基本的には無視をする。反応を見せれば、こちらの感情を推測されてしまうからだ。ある程度は、これでやり過ごせる。ただ、許容のレベルを超えたら我慢してはいけない。そういう場合は、こちらも戦闘態勢に入る。もっとも、戦闘態勢に入るといっても、相手を罵倒することはできるだけ避ける。罵倒するのが手っ取り早いが、これをすると「感情をコントロールできない残念な大人」の烙印を押されかねない。

 

罵倒する行為は、瞬間的な感情の発露であり、小学生でもできる芸当である。やはり、大人であれば、もう少し理性的に振舞いたい。また、感情的な人間に対して、感情的に対応するのは逆効果であると言える。結局は、汚い言葉の応酬になってしまい、非生産的な結果しかもたらさないからである。僕の経験上、感情的な人間に対しては冷静な態度で理性的に話すのが最適解だと思う。人間の怒りなど、そうそう持続するものではない。一般的に、怒りの沸点に達しても6秒程度でおさまるらしい。この短い時間をやり過ごせば、感情的に対応してしまう衝動を抑えることができる。

 

僕の中では、怒りに任せて感情的な言葉を投げかける行為は、論理的に相手を説得できない行為の裏返しだと思っている。理不尽な要求をするクレーマーがその典型例で、彼らは自分の主張が独善的であることにおそらく気付いている。にもかかわらず、それを説得的に主張する術を持たないから、感情的な対応に出てしまうのだろう。こういう人間は世の中には一定数おり、形を変えて色々な場面で遭遇する。見た目は大人でも、精神が絶望的に未熟なのが最大の特徴だ。

 

僕がこういう人間に遭遇したら、基本的には無視をする。これは上述の通り。日本語の通じない人間と喧嘩をしても時間の無駄であり、仮に相手と友好的になっても、そういう人間はおそらくまた同じことをする。だから、最初から関わらないか、仮に関わっても仲良くしないことである。理性的に自分の主張をしたら、あとはサヨウナラである。

 

僕も過去にネット上で誹謗中傷されたことがある。僕の見えないところで空リプを送られており、それに気が付くのに時間が掛かった。気付いてからは相手に対して強硬な態度を取った。相手からの謝罪を受け入れて一旦解決したが、僕は相手のことを信用してはなかった。案の定、今度は別の投資アカウントを標的にして、ネチネチとした攻撃をしていた。本当に哀れな人間である。

 

このように、誹謗中傷する人間は心の病気なので、それが完治するのは相当に困難だと考えて良い。彼らは自身を社会的弱者だと思っているのかもしれない。ただ、それは甘えであり、攻撃を正当化する理由にはならない。誰しも苦しさを抱えており、社会に不満を抱きながら生きている。ただ、いくら社会のせいにしたところで自分の望む幸せは手に入らないだろう。独力で目の前の課題を一つ一つこなし、着実に目標に向かって動き出さないと本当の意味では救われない。自分が変わり、立つステージも変わると、そこから見える景色は異なる。僕はそうしたスタンスの方が性に合うし、今後もそうでありたい。

スポンサーリンク



  • この記事を書いた人
  • 最新記事
Mr.Kabusky

Mr.Kabusky

個人投資家。株式投資が専門。本来は、テクニカル分析を軸に、短期スイングをメイン手法にしている。しかし、現在は中長期投資にシフト中。

-Opinion

Copyright© Kabusky BLOG , 2020 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.